天使と出産

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子供は天使だ。

わとくんが産まれて早一ヶ月。
里帰り中の奥さんの実家に週一で泊まりに行って、おしっこしたり、うんちしたり、泣き止まなかったり、とつぜんニコッと笑ったり、手足をぱたぱた動かすわとくんの様子を見てきて、確信したことだ。
この子は天使なのだ。これはもう間違いない。

わとくんは、予定日より8日も早く産まれてきた。
朝もまだ明けきらぬうちに、俺は奥さんに呼ばれる声で目が覚めた。
「産まれるかも…」
顔を上げると、枕元で奥さんが立ちつくしている。破水がはじまっているというのである。
俺はあわてて布団を出て、なぜか真っ先に風呂に入った。
自分の心を落ち着かせるために入ったんだと思う。洗髪が終わるとすぐに「こんなことしてる場合か!」とわれに返り、あわてて風呂を出た。
前から控えてあった、陣痛サービスを行っているというタクシー会社に電話する。
うちの住所と、破水がはじまっていることなどを伝えると、
「破水始まっちゃってるのは、ちょっと…。ほか当たってもらえます?」の返事。
ぽかん、としてしまった。
信じられないことだが、こういうタクシー会社は結構存在するらしい。
思わず怒りが込み上げたが、文句を言っているヒマすら惜しく、急いでネットで別のタクシー会社をしらべて電話。
さいわい一件目で良心的なタクシー会社につながり、10分後には家の前にタクシーが到着した。
入院用の荷物を指差し確認して、さあ出よう!というとき、奥さんの手がぶつかって壁から何か落ちた。
水天宮でもらった安産祈願のお守りだった。
「うわ〜、何かあるかも(笑)」と奥さんは笑ったが、俺はまったく笑えなかった。

病院に到着すると、すぐに分娩室に移された。
俺は「さあ産まれてこい!」と覚悟を決めて、奥さんの横に座った。
破水がきたら、だいたい一時間くらいで大きな陣痛がくるはず、と勝手に思いこんでいたのだ。
しかし、微弱な陣痛はくるものの、出産のきっかけになるという、大きな陣痛がこない。
1時間経ち、3時間経ち、8時間経っても、一向に陣痛がくる気配がない。
結局「陣痛がきたら携帯に電話します」ということで、俺だけ帰されてしまった。
「連絡が行ってから家を出るのでも、お産にはじゅうぶん間に合いますよ」と助産師さんに言われたが、不安の消えない俺は、病院近くに寝泊まりしようと思い、ネットカフェに入った。
朝まで6時間パックというのがあって、さらにネットもできる部屋が空いていたので、それを指定する。
カウンターの店員に伝えられた部屋番号を探しつつ、暗い通路を進んで行くと、60近いおっさんがマッサージチェアに寝そべり、堂々と自慰していた。そのおっさんのななめ向かいが俺の部屋番号だった。
俺は「このおっさんに何かしらの感想を持ったら、その時点で負けだ」と思い、自分の部屋の戸を閉めると外のことは忘れて、さっそくネットで「陣痛 こない」などのキーワードを検索した。
すぐに「促進剤」というキーワードが出てきた。恐る恐るクリックする。
どうやら陣痛促進剤の評判はあまり良くないらしい。どのページにも不安をあおるようなことばかり書いてある。
しかし、破水が始まっている以上、自然な陣痛を待っている場合ではない。
羊水が流れ出てしまったあとでは、赤ちゃんが体内で細菌感染してしまう恐れがあるからだ。
不安を解消するつもりで検索をかけたはずが、すっかり不安に飲み込まれたまま、翌朝を迎えた。
奥さんにメールで体調の様子を聞くと、すぐに返信がきた。
やはり先生と相談した結果、いまから促進剤を打つという。
もはやしょうがない。俺もいそいで病院に向かう。

分娩室に入るとすぐ、ぐったりと横になっている奥さんがいた。
すでに促進剤を打った後らしく、じょじょにではあるが、重く、鈍い痛みの陣痛がきているという。
助産師さんが呼吸法をうながす。
「はい、ひーーーー…、うん!ふーーーーー…」
テレビで見知っていた呼吸法とちがう。
「じゃあ旦那さんも来たことだし、いっしょに協力してもらいましょうか」ということで、おれも出産のお手伝いをすることになった。
俺に割り振られたのは、「ひーーーー…」の息に合わせて、手のひらで奥さんのお尻を力強く押し返すという仕事だ。そうすることで、陣痛の痛みが少しだけ和らぐという。
「ひーーーー…」
ぐっ、と押してみる。
「弱いよ、もっと力をこめて」と奥さんと助産師さんから指示が入る。
「ひーーーー…」
ぐぐっ!と、さらに強く押し返す。
「全然、もっと強く押して!」とダメ出し。
俺は内心、「こんなに強く押したら、赤ちゃんの頭がぺったんこになっちゃうんじゃないかな…」と不安で、どうにも力が入らない。
「ひーーーー…」
ぐぐっ!
奥さんの表情は、本当に痛がっている人の表情そのもので、たまらなく気の毒になった。

そんな悪戦苦闘を一時間ほど続けた頃、廊下の方でゴロゴロとカートを押す音が聞こえ、ふいにお昼ご飯が運ばれてきた。その日のメニューは、鶏のそぼろ丼とアンニンドウフである。
今の奥さんはそぼろどころではない。助産師さんからも、
「ちょっと今、奥さん食べられないので、かわりに旦那さん召し上がってください」とすすめられる。というより、指示に近いものがあった。
こんな時に食欲なんか…と思ったが、「奥さんの分だけ、せめて自分が食べなきゃな…」という謎の義務感もわいてきて、俺は鶏そぼろ丼に箸をつけた。今思うと、けっこう動転していたんだと思う。
奥さんの陣痛はいよいよ押し迫り、
「ひーーー!うん!ふーーーー!!」と、呼吸も荒くなっていく。
俺はそのすぐ横でなぜか、食べたくもない鶏そぼろ丼を食べている。
分娩室の中はとてもせまくて、行ったり来たりする助産師さんたちの足が俺のひざにぶつかる。
みんな、妙にあせっている。
助産師さんたちの会話の端々から、「産道内の赤ちゃんの位置がおかしい」という事が何となくわかった。
俺は「いま自分にできるのは、このそぼろ丼を完食することだ」と、神妙な気持ちで食べていると、助産師さんから、
「ごめんなさい、ちょっと外で待っててもらえます?」と言われ、分娩室を出た。
部屋の外で、丼ぶり片手に所在なく立ちつくしていると、配膳カートを押した職員がやって来て、
「もうそれ、下げちゃっていいですか?」と、俺の昼ご飯のお膳を指さしてきた。
俺はただ「はあ」とだけ答えて、食べかけの丼ぶりも手渡した。
職員はカートを押しながら、さっさとどこかに消えて行った。

俺は、出産を手伝うこともできず、陣痛の痛みを共有することもできず、そぼろ丼すら完食できなかった。
完膚なきまでに、無力であった。

そのうち、どこからか焦燥した様子のベテラン助産師さんが現れ、奥さんのいる分娩室へ入って行った。
ほとんど開いたままのカーテンの奥で、奥さんの足の間に手を突っ込んで、赤ちゃんの頭をさわっているのが見える。
部屋の中は緊迫した空気に包まれ始め、助産師さんたちの顔からは完全に笑顔が消えていた。

しばらくして、そのベテラン助産師さんが外に出てきて「旦那さん、ちょっと」と俺を呼んだ。
先生は俺に10枚くらいある「承諾書」と書かれた書類を手渡して、
「赤ちゃんが産道の途中で詰まってしまっていて、なかなか出て来られないんですね。それで心拍も低下していて、仮死…あの、赤ちゃんが苦しいサインを出しているので、急きょ帝王切開手術に入りたいんですが…」と言った。
「仮死」という言葉を聞いて、俺は頭がぼわーっとして、思わずその場に座り込みそうになった。
「これを読んだらすべてサインしてほしいんです。書き終わり次第、手術に移りますから」
承諾書には細かい文字がびっしりと書いてある。
しかし、書かれている意味がまったく頭に入ってこない。
「いまはまず奥さんの体を優先した方が良いです。でないと、お腹の赤ちゃんも奥さんも両方危なくなってしまうので…」

奥さんの体には、出産の際に必要とされる血小板の数が若干足りない。
血小板が少ないと、分娩のときに出血が止まらなかったり、帝王切開の場合、輸血しながらの手術となる可能性がある。
訳もわからぬまま、俺はただひたすら書類に自分の名前を書いた。
承諾書を渡すとすぐ、助産師さんと先生たちは奥さんを搬送用のベッドに移して、手術室へと消えていった。

どれくらい待ったのか、あまり思い出せない。一時間か、二時間くらいか。
「仮死」というキーワードがずーっと俺の頭の中を回っていて、しびれたような感じになってしまい、身動き一つとれなかった。
この10ヶ月の間、ずーっと妄想してきた光景がある。
家族旅行に出かけたり、わとくんに絵を教えてあげたり、ふざけた歌を歌ってきかせてあげるといった、他愛のないものだ。
そんな他愛のない光景ですら、現実にはもう見られないのかもしれないと思うと、顔を上げる事ができなかった。
同じ待合室では、若いママさんが「おそるべしっっ!音無可憐さん」のマンガを読んで笑っていた。
このママさんも自分と同じ待合室の中、同じ時間にいて、同じ人間なのに、一方は楽しそうに笑っていて、もう一方はこんなにも絶望しているというのが、なぜかとても信じられない気持ちだった。

手術室のドアが開く音が聞こえたので急いで行ってみると、見知らぬ患者さんが出て来る。
そんな肩すかしを四回くらいされた後、ようやく保育器に入ったわとくんがやってきた。
運んできてくれた助産師さんが、
「とっても元気な男の子ですよ。奥さんももうすぐ来ますからねー」とニコニコ笑っている。
保育器の中を見ると、手足をジタバタさせながら、必死に泣いているわとくんがいた。

子供は天使だ。
これは本当にまちがいない。
そしてその天使を産んだのだから、母親もまた天使なのだ。
では、大人になってからはどうか。
俺のまわりにはチラホラではあるが、表現者という名の天使がいる。

何もないところから何かを作るという行為は、初めて「自分のことば」で語ろうとすることだ。
こんなに便利な物と言葉に溢れた時代に、あえて「自分のことば」で語ろうとするのは、本来はとても不自然で、孤独なことなのだ。
時には周りから誤解され、冷笑されて、みずからもまた、そんななじめない自分を恥じる。
それでも表現者はやむことなく、物をつくり続ける。絵を描く。木を彫る。歌を歌う。詩を書く。踊る。演技をする。
そんな彼らの姿を見ていると、「これが天使でなくて、何なんだ?」と、思う時がある。

とにかく、わとくんに言いたいのは、生まれてきてくれてありがとう。
お父さんは本当にうれしいです。
この世界は、とてもおもしろい物や、うつくしい風景にあふれています。
ふしぎなことですが、わとくんのお父さんとお母さん、おじいさんとおばあさん、さらにはおばさんや親戚にいたるまでみんな、美術の大学や専門学校を卒業した人たちばかりです。それはつまり、美しいものに心ひかれる人だということです。
わとくんの中にもきっと、そういうものに感じ入る力があるにちがいありません。
これから、このすばらしい世界を心ゆくまで、目いっぱい楽しんでください。


追記
仕事先にあるテレビで、自宅出産のドキュメンタリー番組がやっていた。
病院ではなく、心落ち着くわが家で子供を産むのがいま、妊婦さんの間で流行っているらしい。
医療器具もなく、万が一の時の手術室もない。当然事故のリスクも高い。
「なぜあえて自宅出産を選んだのですか?」という質問に、ある若い奥さんは、
「人と違う出産をするのって、なんか新鮮なかんじがしたから」と答えていた。
by kan328328 | 2013-07-03 01:17 | 日常

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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