草花とコンパス

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草むしりをした。
早朝、まだうす暗いうちから。
とても暑かった。
ひたいから汗が流れて、両目の奥にしみこんだ。
こんなにおおきな貸家の庭で、俺はみどりを抜きまくった!

風は吹いてこない。
雑草と汗の匂いが、体にずっとまとわりついている。
虫が、土からいっぱい出てきた。
それはもう本当に、いっぱい。
はさみそうな奴、スムーズに動く奴、遠目にも目立つ奴。
そんな騒ぎだから、遊びにきたノラ猫もさっさと帰った。

抜いた草を両手いっぱいつかんでみたけど、何とも頼りない、か細い腕だ。
それでも、これを頼りに30年も生きてきたぞ。

30年!
予備校時代の友達のお父さんから、大きな段ボール箱が届いた。
「出産祝い」と書かれた手紙の下に、たくさんの本が詰まっていた。
バタイユ、ジョイス、コクトー、レヴィナス、ガルシアマルケス、ヴィトゲンシュタイン…
ああこれは無口な人のための本だ。

「もう一人の自己を求めて黙狂となり、沈黙の宇宙を浮遊しているのは、あたかも宿業のごとくです。故に自ずからこういった本を求める結果となります。それはそれは、つらい精神の旅路でした…」
そのお父さんの言葉だ。
このメールをもらった時、ラーメン屋のカウンターで涙が出た。
重いうつ病をわずらいながらも、自身と、家庭と、仕事と真剣に向き合い、四人もの子供を育てあげた男の言葉だ。

いただいた本を一冊、一冊、床に並べてみる。
かつて、お父さんの周りを点々と取り囲んでいたであろう、孤独な星座表が出来上がった。
この光に導かれながら、真っ暗な砂漠の道をゆっくり、ゆっくり歩いて行ったのだろう。
そうだ、自分もずいぶんと落ち込んでは、そこからまた、歩き始めたものだった。
感受性なんて物は壊れたコンパスみたいに、いつも極点から極点に触れてばかりで、まったく役に立たない。
それでもその針がさした場所を掘り返してみると、必ず、こんこんと詩があふれ出してくるのだ。

30年!
ついに言葉にされなかった詩は、こちらの頼みにかかわらず、ふいにわき起こってくる。
それは西武線の青空から、荒川を吹く風から、わとくんの瞳から、庭に生えた桜の枝から。
ここにいる若い父親が、それを感じた。
by kan328328 | 2013-07-16 01:09 | 日常

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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