言ったもん勝ち

言ったもん勝ち。
表現の世界において、たびたび感じる事だ。

表現者は最初、自分の作りたいものを作る。
出来上がった物が何なのか、何を意味するのか。
自分でもよくわからないまま、とにかく外に発表する。

出した後で作品のコンセプトについて聞かれ、あわてて言葉をつむぎ出す。
「ジェンダー」だの「近代社会からの疎外」だの、最もらしいテーマが自分の口から出てくる。
そこで初めて「俺はそんな事を思って作っていたのか!」と、おどろく。
または、人に指摘されて気づくというパターンもある。
この「自分に気づく」という貴重な体験を得るために、後付けであれ何であれ、とりあえず言葉にしてみることが大事だ。


3才になったばかりの息子が、
「これなあに?」と動物ビスケットを持ってきた。
その形に、俺は絶句した。
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いちおう美術大学で彫刻を専攻した身としては、このビスケットを見て、
「ああ、これはパンダだよ」と、素直には言えなかった。
もし仮にお金をもらえるとしても、これをパンダと認めるには若干の苦痛をともなう。
しかしここまで堂々と「PANDA!」と書かれると、イヤミな感じはしない。
どこか「いさぎよさ」すら感じてしまうから、フシギである。
まさに「言ったもん勝ち」だ。



今年の春、岡本太郎美術館に行った時のこと。
太郎の強烈な絵画を一通り鑑賞した後、同じ緑地内にあるそば屋に入った。
山菜そばを注文してから裏口のトイレに向かうと、足もとに機械部品が置いてあった。
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おそらく製麺機の部品か何かだろう。
俺は一瞬、
「あれ!?太郎の作品?」
と、わが目を疑った。
無数の岡本太郎作品を目に焼きつけて来た後では、何もかもがそれっぽく見えてくる。これに例えば「機能美のめざめ」とかタイトルを付ければ、しげしげと鑑賞する人も出てくるんじゃないか?と思った。



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最近息子は、寝るまえに絵本を読んで欲しがる。
いったん言い出すと、意地でもゆずらない。
でも、スタンドライトをつけると目が冴えてしまうし…
かといって暗闇の中では絵本が読めないし…
さてどうしよう?

その解決策として、絵本ではなく、俺が昔話を話して聞かせることにした。
最初はマジメに桃太郎などを話していたが、どうも息子の食いつきが悪い。
いろいろ試した結果、いま息子の中で最もアツい「ドラえもん」の昔話をするのが恒例となった。
息子も案外楽しみにしているようで、布団に入るとすぐ、
「パパ、ドラえもんの昔話して」とせがんでくる。
「昔話と言っても登場するのはネコ型ロボットだし、むしろ未来話だな」と思いつつ、語りはじめる。
俺1人で、キャラクター全員の声とナレーションを演じ分けるのだ。

「ぼく、のび太。これからジャイアン・リサイタルを聴きに行かなきゃいけないんだ…」
「オレはジャイアン!今日は2時間ぶっ続けで歌うからな!!」
「どどどうしよう…ドラえも~ん!」
「ぼくドラえもん~。ど~したの?のび太くん」

俺はまず最初に、すべてのキャラクターに自己紹介をさせて「この声はこのキャラ」と息子に認識させるという方法をとる。
この前提さえ共有しておけば、後はセリフだけで話を進められるのだ。
「言ったもん勝ち」の理論である。

「お前ら待たせたな!まずはオレ様のテーマから歌うぜ!」
「どうしよう、早く道具を出してよドラえも~ん!」
「うん、ちょっと待ってて~。スモールライト~!」

ドラえもん、のび太、ジャイアンの声は、わりとマネしやすい。
それぞれが個性の際立った声をしている。
問題はスネ夫だ。
スネ夫のマネをしていると、いつの間にかドラえもんの声になってしまう。
ダミ声のトーンが似ているのだ。
なので、2人がバッティングしないように、慎重にストーリーを運んでいく。
話の展開上、どうしてもスネ夫が必要な時は、
「そのころ、スネ夫の豪邸では…」
と場面をスネ夫邸に移してから、堂々とスネ夫を演じる。
そのため、スネ夫はめったに自宅から出ない。

こんな感じで話を進めていく事で、わりと息子は聞き入ってくれる。
まるでテレビで「ドラえもん」の放映をながめているかの様な臨場感。
俺はそれを再現することに苦心し、息子を寝かしつけるという当初の目的がどうでもよくなる。
しかし、うまく話の波に乗っている時でさえ、ふいに横から、
「ねぇ、ミッキーは?」
とリクエストが入る事がある。
それにはやはり答えなくてはいけない。

「ハーイ、ぼくミッキーマウス!アハハ!」
「ぼくはのび太!よろしくね」

1人で声マネをしつつ、何だかミッキーとのび太の声もかぶっている事に気がつく。

「これから一緒におでかけしようか!」
「うん、そうしよう!」

自分でどっちを演じているのか怪しくなってくる。
息子からも「ドッチダヨ!」と、厳しいツッコミが入る。

「ぼくミッキー。ぼくたち声が似てるね」
「ぼくのび太。ホントだ、フシギだねえ」

息子の関心が急激に遠のいて行くのが、空気で伝わってくる。
こうなってくると、もはや「言ったもん勝ち」は機能しない。

「ぼくミッキー。ゴメン、もう帰らなきゃ…」
やむなくミッキーに退場してもらう。
立ち去るミッキーの背中に息子の「バイバーイ」の一言が浴びせられ、
ドラえもんストーリーは終わる。

「言ったもん勝ち」は、表現の世界において有効に働く。
コンセプトであれ、タイトルであれ、声マネであれ。
とりあえず「これです!」と強く表明するだけで、ナゾの説得力が増す。
でも少しは技量もないと、見る側の深い部分には働きかけられない。

あたりまえな事に気づいた夜であった。




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by kan328328 | 2016-06-25 22:30 | アート

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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