鬼火のように
2017年 03月 11日
貯水タンクのフェンス越しで、ずぶとく冬を越したノゲシ。
電柱から伸びたホトケノザはピンクの花を咲かせ、
縁石のすきまでは、タンポポの葉が円周をひろげている。
俺は、春だからといって何もない。
近くの自販機まで缶コーヒーを買いにいく。
あたたかいワンダモーニングショットをすすり、
近所をぷらりぷらりと散策するだけ。
とくに感動も、さみしさもない、商店街のような心もち。
春のひざしは、フィルムの粒子のようでやさしい。
この時期はたまらなく、土手を歩きたくなる。
南武線で南多摩駅下車。
是政橋を渡りきって、
どこまでもつづく土手をゆく。
河川敷までおりていって、
枯れ残った草の上にしゃがみたい。
赤さびた草の実をつまみたい。
川原でひろい集めたまるい石を、
持参した使い古しのハブラシで、
スベスベになるまで磨きあげたい。
石肌の、大まかな汚れにはビトイーンを。
細かな穴の汚れにはデンターシステマを。
100均のレジャーシートをひろげて寝そべり、
川面にきらきら映る光をいつまでも、ながめていたい。
青空と、生いしげる若草色の対比を楽しみたい。
ひとりっきりを、鼻の奥まで吸いこみたい。
この気持ちは何だろう。
自然に帰りたいのか。
じゃっかん、猿人なのか。
蒸発願望とかではない。なぜなら、
この人生で、成しとげていない事は多い。
美の神殿のような作品をまだ作っていない。
フランスにシュヴァルの塔を見に行きたい。
恐山でイタコさんに口寄せしてほしい。
カラスミとアンチョビとミモレットをたらふく食べたい。
悪友に誘われて嫌々ヌーディストビーチに行きたい。
ルースターズの大江慎也にサインをもらいたい。
成長した息子に「親父はダサい」って言われたい。
枯淡の境地に入るには、まだ早すぎる。
なのに、わりと性急に、身がよじれるほど欲するこの感じ。
パノラマに広がる風情を、グイッとわしづかみにして、
ちぎってこねて、ねじ曲げて、心ゆくまで味わいたい。
ムリやり名づけるなら、わびさび欲。
俺はさみしいものが好きだ。
人であれ、物であれ、景色であれ。
美しいものは、どこかさみしい。
生活のすみずみにまで血がめぐるような恋。
そういうのはもう、忘れて久しい。
でも、日々生成される熱量は変わらないらしい。
妻子を得て、なかば使命を達成したパッションは、
新たに取り憑く対象をさがし、鬼火のごとくゆらめいて、
気づくと一日中ドンタコスむさぼり食ってたり、
何時間もイヤ〜ンなサイトを閲覧してたり、
家電製品爆買いを企てている自分に気づいたり、
ふと小保方さんの身を案じて手紙を書きたくなったり、
そうやってさんざん回路を血迷ったあげく、
最後は無事、作品制作へとなだれ込むのだ。
by kan328328
| 2017-03-11 15:47
| 日常