コンセプトやねんな


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現在、岡本太郎記念館で展示している私の壁画、
「わたしの野花たち」について、
見に行ってくれた人たちから、

「作品の解説文があるともっと良かったのに」

とアドバイスを受けました。
てか、かなり大勢の人に言われました。


たしかにね・・・

でももう会期、半分過ぎちゃったけどね。
できればもっと、はやく言ってほしかった。

そっと、泣いていいかな・・・?
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なので解説文を印刷したキャプションを、
記念館の方に作っていただいて、
作品のそばに貼る事にしました。

ほんでもって、このブログにも載せておきますね。
作品の解説。
もうすでに見に行ってしまって、


「なんだよ、この壁画。ワケわかんねーし」


となって帰られた方はすみませんが、
これを読んで、

「はあん、そういう事だったの」

と納得していただけたら幸いです。
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「わたしの野花たち」解説・三宅感

すみわたる青空の下、堂々と横たわる多摩川。
どこまでもつづく土手を歩いていくと、さまざまな風景に出会います。

立ち並ぶ高層マンションの影で、ブルーシートの小屋に住むホームレス。
土手から分岐した舗道で、ロケットカウル付きのバイクを走らせているヤンキー。
鉢花として輸入されたのちに川の流域に自生し始め、今では雑草扱いになった花々。

そんな社会的に排除された者たちをも包みこむ多摩川の寛大さを見ていると、つい、岡本かの子という歌人の存在を思い出します。


岡本太郎の母・岡本かの子は、二子玉川育ちの女流歌人です。
家の傍を流れる多摩川は、幼いかの子の原風景であり、作品の中にも度々登場します。
仏教研究家でもあったかの子が、その自然観を反映させた歌「女人ぼさつ」には、人と自然の境界がきえ、すべてがとけあって移ろいゆく内的ビジョンが記されています。それは、己の業からの救済を求めてようやく手にした、かの子なりの境地といえるでしょう。

一方、芸術一家の下に生まれ、創作活動に励む両親からないがしろにされてきた岡本太郎は、等身大の自分では受け入れてもらえず、常に「何者かになろう」と強迫的に育ちました。
パリに留学中は、「自分にとって、真に描く必然性のある絵画とは?」と真剣に思い悩み、ついには一枚の絵も描けなくなったといいます。

太郎にとっての「芸術」とは、無反省に当時の流行のタッチや思想をマネする物ではなく、「誇大な自己像」と「強烈な自己否定」という両極に引き裂かれた魂の表現だったのです。

そんな太郎が住むパリの下宿には時おり、かの子から手紙が届きました。
文面の随所に見られる仏教の影響に、太郎はかなり批判的な手紙を送り返しています。
かの子が宗教に傾いていった背景に、自分の作品に対する厳しい批評から逃避したいという心理が働いている事に、太郎は気づいていたのです。

個をハッキリと押し出す事で、真の主体性を勝ち取ろうとする太郎。
かたや自他の境もなく、刻々と変化するこの世の無常を歌ったかの子。

多摩川の土手を背景に、そんな絶対的矛盾を抱えた母子像を壁画にしました。
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by kan328328 | 2017-07-12 01:16 | アート | Comments(0)

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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