浮遊伝をきいてくれ


浮遊伝をきいてくれ_d0108041_02145600.jpeg

こないだ、利用者さんと二人で定食屋に入った。


向かいの席には4人の屈強な男たちが座っていた。
会話の内容から、どうやら建設会社の人たちらしく、
親方が話の進行をつとめるようなカタチで、
「若い頃にしたヤンチャ」の告白大会がはじまっていた。

理由なき無数の暴力を振るってきたこと、

バット片手に一人で特攻したこと、

他校のグラウンドでハデな立ち回りを演じたこと、

若い衆たちは皆、己の武勇伝を誇らしげに語っていた。


一通り話し終えると、
今度は親方が仕事についての話題を持ち出し、

「この業界にはまだ圧倒的なヒエラルキーがあるからよ」

と語った。
すると、若い衆の一人が、

「ああ・・・ひえらるきい、っすね」

と、たどたどしく発音し、他の2人もまた、

「そうそう」「たしかにあるな」

と、同意するも、そこで会話が止まってしまう。

とっさに親方は、
「ヒエラルキー」の解説が必要だと察したのか、
人さし指で宙におおきな三角形をえがいて、


「ザックリいえば、俺たちには見えない三角関係があるって事よ」


と、本当にザックリと答える。
若い衆はアイマイにうなずきつつ、

「そうそう、三角関係ね」
「男もありますよね。フクザツっすもん…」

と言って、そそくさとビールを飲み始めた。


彼らの思い描く「ヒエラルキー」はきっと、
それぞれ違ったカタチをしていた事だろう。

浮遊伝をきいてくれ_d0108041_02151641.jpeg

男の世界はむずかしい。


知らないことを「知らない」と言えない空気。

弱味をさらせない意地、非を認めない意地。

力関係の探りあい、虚勢の張りあい、牽制試合。


女だけの母子家庭で育った俺には、
この「男のルール」が、未だによくわからない。

「武勇伝」として語れるものも、自分にはない。
他人と拳を交え、熱い血を流した経験もない。


どちらかというと、
情けなくて、ダサくて、カッコ悪くて、はずかしい、
フワフワと浮かれ過ぎて失敗した話、

いわば「浮遊伝」しか持ち合わせていない。

それを少しずつ人前で披露するうち、俺はやがて、
自分の失敗談でみんなが笑ってくれることに、
この上ない喜びを感じるようになった。

「このままで行こう」と。


先輩のベンツに乗って街を流した事はないけど、
公園のベンチに座って涙を流した事ならあるし、
(バイトに行くのが辛過ぎて)


イキがったボンクラを血祭りに上げた事はないけど、
イキがって盆暮れと高崎祭りには帰省していたし、
(ふるさとを懐かしむ上京者気どりで)


危険な繁華街でやんちゃした事はないけど、
横浜の繁華街でヤムチャした事ならあるし、
(下宿から近かったので)


人を殴った事は一度もないけど、
殴られた事なら一度はある。

浮遊伝をきいてくれ_d0108041_02153897.jpeg

その一度は、高校に入学したての頃。


友だちに連れられて、
他校の不良の家に遊びに行ったら、唐突に、
「ボコッ!」と肩をなぐられた。

ショックで俺は速攻帰った。


帰りのあぜ道で、
いつもオシャレな服を着ている男友達が、

「ひでーよな、アイツ。ひでーよ」

と言いながら、ずーっとついてきた。


そして別れぎわ、彼のジマンでもあり、
当時の高校生には高級ブランドだった、
W&LTのカバンからキーホルダーを取り外し、

「これ、な」

と、俺の手に握らせて、帰って行った。


あれは友情だったんだろうか。
わからない。

わからないが、とりあえずキーホルダーはとっておいてある。


学生時代、男友達が残していったものは何であれ、
捨てることができない。

18歳のころI君がスケッチブックに書いたラクガキ、

20歳のころN君がベニヤ板に描いたラクガキ。

アートにまったく興味のない男達のラクガキが、
何でこんなに美しいのかと思う。

浮遊伝をきいてくれ_d0108041_02145600.jpeg

〈O君が14歳のときに描いた和田アキ子〉

14歳のころにO君がパソコンでふざけて描いた、
和田アキ子のラクガキを、俺は透明フィルムで圧着し、
今でも厳重に保管している。

本人はとっくに忘れていることだろう。


この収集行為がいったい何を意味するのかわからないが、
いずれ自分が年老いた時、これらのコレクションを並べて、
一人で酒を飲んだら、きっと泣けるんだろうと思う。

by kan328328 | 2017-12-09 21:55 | 思い出

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31