統合失調症の女性

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これは昨日、俺が実際に経験した話。


昨日の朝、
俺が作業所の開店準備をしていると、
道路のむこうから絶叫がひびきわたった。

「だれかー!!助けてーーー!!!」

俺はおどろいて、もう一人の職員と外へ出た。

「だれか来てーーー!!!」

声の感じから、若い女性の声である。
俺は「学生同士がふざけあってるんだろうな」と思って、
作業所の中に戻ろうとした。
するとまた、

「助けてーーー!!!」

という叫び声。
どうもおフザケにしては迫力がある。
俺はそばにいた職員に「ちょっと見てきます」と言って、
道路を渡ると、声のする方へ近づいて行った。

すると、住宅街の角にある民家のベランダから、
髪をふり乱した若い女性が飛び降りようとしていた。
それを背後から、
中年女性とおじいさんが二人がかりで取り押さえている。

俺が「大丈夫ですかー!?」と声をかけると、
中年女性がふり向いて、

「上がってきてください!私達じゃもう押さえられなくて…」

と訴えるので、俺はあわてて玄関から家の中へ入った。

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階段を上がって、部屋のドアを開けると、
ベランダの柵から女性が身を乗り出し、今にも飛び降りようとしている。
俺は女性の腕をつかみ、ムリやり引きずり下ろした。
そして部屋の中に引っぱり入れて、急いで雨戸とガラス戸を閉め、

「あの、落ちついて、落ちついて!」となだめた。

まだ若いその女性は、全身がわなわなと震えていて、
髪はボサボサ、骨のようにやせた腕にはリストカットの傷痕があった。
取り押さえていた中年女性は、その女性の母親らしく、

「この子、統合失調症で、私もどうしていいかわからなくて…」

と嘆いた。
すると、階下に降りていったおじいさんが上がってきて、
畳の縁に使用する模様のついた布を俺に手渡し、

「これでその子をベッドに縛りつけてください!」

というので、俺は一瞬パニックになって、

「ええ!?いやいや、それは違う、ってかダメでしょ!」

と言って断ったが、おじいさんは、

「縛らんとまた暴れますから!ホラホラ!」

と、ヒモを片手に迫ってくるので、

「今はもう落ち着いてますから、とりあえず座りましょ!ね!」

と促したが、女性はガタガタ震えているだけで、
まったく座ろうとしない。

正直、俺自身もビビっており(女性は俺より身長が高かった)、
無理強いはできず、なんか全員で突っ立ったまま、
しばらく身動きできない状態がつづいた。


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そのうち、だんだんと落ち着きを取り戻したのか、
女性はその場に立ったまま、ガックリとうなだれた。

目的かなわず、放心しているようだった。
俺は、どうしたものかと、何気なく部屋を見渡すと、

「健全な心であろうとすること」

「自分を信じて、素直に生きること」

「強い人間になろうと無理せず、自分の弱さも認めた上でそれでも前を向くこと」

などと、じつに達筆な文字で、
信念の書かれた紙が壁中に貼ってあった。

さすがにもう抵抗はしないだろうと思われたので、
俺はそっと部屋を出て一階に降りると、110番した。

電話口で、

「事件ですか?事故ですか?」

と警察に聞かれ、
俺はどっちで答えたらいいのかわからず、

「あ、えっと…事件っていうか、お宅…あの、店で掃除してたら声が聞こえて、統合失調症らしくて、飛び降りようとしていて、その、どうすれば良いでしょうか?」

と、しどろもどろの返答になってしまった。

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その後10分くらいして、家の前に二台のパトカーがとまり、
中から警官が5〜6人、ドヤドヤと出てきた。

そして女性の母親、祖父、通報者の俺はそれぞれ、
警察の事情聴取をうけた。

今年25歳になるというその女性は、
昔から統合失調症を患っており、
最近はずっと部屋に引きこもっていたらしい。
それを心配した母が病院に連れて行こうとした途端、
急に暴れだした、という事だった。

俺の事情聴取をする警官が、

「あなたは、このご家族のお知り合いか何かですか?」

と聞いてきたので、

「いえ、この家の向かいにある作業所の支援員です」

と説明しているのに、

「この女性のお兄さんとかではないですか?」

と聞いてきたので、困った。
多分俺も女性も、やせてて髪がボサボサだったからだろう。

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一通りの状況説明を終えた俺は、

「じゃあ仕事に戻ります」

といって警官とご家族に頭を下げた。
一瞬、女性に声をかけようかどうか迷ったが、

「こんなギリギリの状態で生きている子に、かけられる言葉なんて思いつかないなー」

と思い、そそくさと部屋を出た。

階段を降りるとき、ふと壁を見ると、
その女性が運動場で走っている写真が飾ってあった。

おそらく学生時代の写真、陸上部だったんだろうか?

バトン片手に全力で走ってる感じが、
写真の表情からありありと伝わってきて、
何ともかなしい気持ちになった。


作業所に戻り、掃除を再開して30分くらい経った頃、
通りからパトカーがゆっくりと出てきた。

後部座席には、両側から警官にはさまれるような形で、
あの女性が座っていた。

俺は不謹慎にも、

「まるでドラマの世界のようだったな」

と感じたのだけど、
人の目には触れないだけで、じつはどこの家庭にも、
こういうシンドい場面があるんだな、と気づいた。

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その夜、
親しい友人達と飲む約束があったのだが、
なんか朝の事件と、友人たちの境遇とが、
頭の中で勝手にリンクしてしまい、やたらと、

「お互いがんばろうよ!!」

「そのままで良いんだぜ!!」

みたいな事を言いつづける、
ただのウザい酔っぱらいになってしまい、
帰宅して床に寝ころがって反省した。


何だろうか、この応援したい気持ちというのは。

懸命に生きている人が好きだ。

そういう人が自分の周りにいるだけで、
制作の励みになるというか、

「俺も負けてられないな」

と思えてくる。

だから今度から、
「がんばろう!」じゃなく、
「励みになります」とだけ伝えるようにしよう。

統合失調症が、どれほど辛いのかわからない。
幻聴に悩まされたり、
思い込みの消えない苦しみというのは想像を絶する。
本当に地獄のような日々だろう。

あの女性にはがんばって生きてほしい、と思った。

by kan328328 | 2017-12-28 20:13 | 日常

美術作家・三宅感のブログです


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