見立てるのがステキ

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息子とふたりでプラネタリウムを観に行った。


きらめく銀河星雲、

膨らみつづける宇宙空間、

そしてナゾの物質・ダークマター。

この宇宙がいかに壮大なドラマで成り立っているか。

「自分」というものが、いかに奇跡的な存在か。


そういった気づきを、ドハデなCGや音響を駆使して、
コレでもか!コレでもか!と促してくるプラネタリウム。
鑑賞している自分も、


「そうそう、生きてるってすごい事だったわ」


と、命の一回きりをしみじみと思い出すのだけど、

いざ上映が終わって外に出れば、


帰りのバスは、花小金井駅下車?田無駅下車?

子供のDVDは、ツタヤで借りる?ゲオで借りる?

スーパーで買う夜食は、赤いきつね?緑のたぬき?

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といった、
生活味あふれる選択肢が次々と現われて、
さっきまでのコズミックな余韻はかき消されてしまう。

しかし男のロマン脳というのは、
日常へスムーズに移行できるほど器用ではなく、
ダークマターと赤いきつねのギャップに疲れた俺は、

スーパーの売り場でボーッと立ちつくし、
息子に、

「あれ・・・何買うんだっけ?」

とたずねると、

「グミ!」

と言うので、

「ああ、グミか・・・」

と、急かされるままコーラグミを買って家に帰る。

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そして、モグモグとグミをほおばる息子の顔を見ながら、

「赤いきつね、買ってないじゃん・・・」

と、思い出すのだった。

完全にプラネタリウムに心奪われている。
あんなの、星に見立てた、ただのライトなのに。

ただの見立てなのに。


夜空にたくさんの星がかがやくように、
この世界には無数の記号たちがひしめき合っている。

ことばも、モノも、文化も、

先祖からひき継ぐ文脈から生まれてきた以上、
一つ一つに意味や用途がベッタリとくっついており、
それをムシして使用することは許されないのが、
この現代社会である。


でも、その属性がたまに、ペロリとはがれ落ちる。

その途端、世界のすべてが茶番に思えてきて、

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木魚をたたくお坊さんも、

泣きながら砂を集める高校球児も、

鼻に洗濯バサミを挟んだシンクロ選手も、

みんなして俺を笑わせようとしているようで、

ついウフフ、アハハ、ゲラゲラと笑ってしまう。


たとえばハンバーガー屋に行って注文する際、
レジのお姉さんに、


「フライドポテトにふりかけるフレーバーは、メキシカンタコス味と、トリュフステーキ味と、チーズフォンデュ味と、どれになさいますか?」


と聞かれたりすると、もうたまらない。


ただの粉末に大げさな料理名が付いてるのがおかしく、
子供のオママゴトに答えるような恥ずかしさから、

「えっと、じゃあチーズフォ・・・ン、デュフフッ!」

と吹き出してしまいそうになる。

もちろんホントに笑うわけにはいかないので、
グッとこらえて注文するけど。

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「見立てる」って行為は、どこかオカシイ。


料理に見立てた調味パウダーに限らず、

スーパーの寿司にくっ付いてくるビニール製の葉っぱ、

ランの花を模したプラスチックの光触媒、

ひよこの形のおまんじゅう、

木目をプリントしたカーペット生地、

AIBO、ファービー、たまごっち。


自然に見立てた人工製品というのは、
どうしてこうも、こそばゆいのか。

こちらのゴッコ気分まで刺激されるようで、
可愛く、いじらしい。

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おシゴト、行てキマスー

オトサン、オカサン、おかえりナッサイー

小銭は鉄クズ、お札は紙キレ、

お茶チャは葉っぱの煮汁デスゥ・・・


夢を見ているみたい。

by kan328328 | 2018-01-21 07:07 | 日常 | Comments(0)

美術作家・三宅感のブログです


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