詩を語るほど遠のいていく

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アロハシャツブーム、あっけなく終了。


夏はこれからだというのに、
古着のアロハを6着買ったらスッと欲が失せた。
何がそんなに魅力的だったのか、今となっては謎。

瞬時に燃え上がる情熱は、冷めるのもまた早い。
自分を着飾る事にモチベーションが続かないのは、
元の作りが良くないからか…

ありがとう、アロハシャツ。
つかの間だけど、浮き足立ったよ。
俺はまたいつも通り、全身ユニクロに戻るし、
なんなら全身タイツでもいいと思ってる。
服を選ぶ手間さえ省けるなら、それでいい。

やっぱり、夢中になれるのは制作だけみたい。

大学の非常勤も2ヶ月目に入ったけど、
学生さんらと地べたに座って話しているとき、
俄然生きている感じがする、自分の感性が。

制作中に生じたであろう興味、疑問、不安、
照れ、恐れ、むなしさ、挑戦心といったものが、
彼らのストレートな眼差しによって語られるたび、
俺はつくづく美しいなあ、と思う。

まだまだどうにでもなりそうな予感、
未形成ゆえに保たれた、無限のポテンシャル。

学生さんたちが放つ「美」の正体はおそらく、
年の若さではなく、魂の若さにあるのだろう。

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こないだ行われた講評の時、ある女性講師が、

「あなたの魂はどこにあるのですか?」

と生徒にたずねた時、俺はドキッとした。

魂はどこに。

自分も日々大切に思っているクセに、
テレビや雑誌で濫用されるのを見続けた結果、
人前で口にするのも恥ずかしくなってしまった、
「魂」という言葉。
それを、自分とさほど年齢も変わらぬような、
女性作家の口から聞けた事がなぜだか、
とても嬉しかった。

そう、
魂こそが大切な美の根源であった。

思い出した。

先週だったか、
知り合いのわりとラディカルな活動家青年が、
今まで進めてきた運動の手を緩めた理由として、

「ふと、自分がただの中二病に思えたんです…」

と悲しく笑った時も、俺は、
ああ美しいなあ、と感じたのであった。

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決めた事をつらぬき通す事は美しいけど、
それとは逆に「自分は間違っているのかも…」
とゆれる姿もまた、特有の色香を放つものだ。

その青年の笑顔に生じた美はおそらく、
人として「良くあること」を優先するためには、
自分が固めてきた足場を崩す事も厭わぬような、
ピュアでやわらかい魂を感じたから。

迷い、というとネガティヴなイメージになるけど、
つまりは右に左に運動するということであり、
生命である以上、動いている物に美を感じるのは、
じつは自然なことなんじゃないかと思う。

美しい魂、ゆれうごく魂、若い魂。

多くの若き魂はいずれ、その吸収力の高さから、
社会に解き放たれるや不純物を含んで重くなり、
ヨロヨロと降下してしまうものだ。
そうして地面を低空飛行しながら、

「結局最後に物を言うのは金だから」

「人間なんてのは30までが勝負で・・・」

などと通り一遍の、
薄っぺら処世訓を吐く大人に成り果てる。
そんなテンプレ言葉だけなら、
コンビニにいくらだって並んでいる。

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だから、詩が必要なのだ。

鈍重な魂にならないためには日々、
どんなにもどかしく思われる反復労働からも、
詩のようなものを見い出せたらいいなと思う。

若い魂にとって大切な養分である詩は、
自然環境の中にのみ宿るわけではない。

例えば、
ショーケースに並んだケーキの配列に、
色とりどりの詩を感じることだってある。

霧雨降りそそぐ夜道にポッと浮かび上がった、
信号機の黄色に心奪われることもある。

チラッと、発光する程度でいい。

そういうホタルのような淡い詩を、
一週間の内、たった一瞬でも感じられたなら、
後はどんな俗事に足を引っぱられようと、
かろやかに日々を乗り越えて行ける。

そんな気がするのだ、俺は。

by kan328328 | 2019-06-16 10:10 | アート

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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