重力と恩寵

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毎朝3時くらいに腰や首の痛みで目が覚めるようになった。着々と体が老いてきているんだな、と思う。
「自分もいつか死ぬ」ということが、40才を間近にしてもまったく受け入れられない。むしろ未だに「あれ?人生って一度しかないんだっけ!?」と、あたり前の事実に気がついてゾッとすることがよくある。最近は死について考え出すといてもたってもいられず、まだ朝も暗いうちから家を出てアトリエに向かうのが日課になった。原付にまたがっている30分間、頭の中では「ボーッとしてたらあっという間に死んじゃうぞ」という焦りと「とりあえず今はまだ生きてるし、制作もできる!」というありがたさがグルグル回っている。
三遊亭円楽(楽太郎)さんが亡くなったことも思いのほか響いている。子供の頃、テレビで観ていた楽太郎さんは笑点メンバーの中では永遠の若手という感じだったし、たびたび年配の歌丸さんに絡んでは「シャレコウベ」「お迎えが来ましたよ」などと死去ネタで散々いじり倒していたのに。その後、2009年に司会の圓楽さんが亡くなり、歌丸さんが2018年に亡くなった後は、こん平さん、楽太郎さんと2年おきに笑点メンバーが亡くなってしまったことになる。

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大学時代の友人に「やるなら徹底的にやれ。中途ハンパが最も悪だ」と助言されたことがある。どんな会話の流れで発せられた言葉なのかもう忘れてしまったけど、この言葉を思い出すたび、いまだ中途ハンパな自分にウンザリすると同時に、何クソ根性のようなものがメラメラと湧いてきて励まされる。
来年の冬、自分が長年利用してる久保田組スタジオを改造して自主企画で個展を開こうと計画している。作品はまだ一つもないし制作時間も全然取れないけど、構想は山ほどある。まずは会場内を仕切る壁から作りはじめようと思い、ゴミ捨て場から大量の単管パイプを拾ってきたり、フリマサイトで購入した合板をトラックでコツコツと運び入れたりしている。

何はともあれ動きはじめてみると、生活に張り合いが出てきて嬉しい。あーだこーだ考えているだけでは気が滅入ってダメだ。自分を鼓舞するために、通勤の電車内でエリック・ホッファーの本を読み返している。昔から、過酷な労働環境の中に身を置いて思索しつづけるような人に惹かれてしまう。いわゆる「在野」の人。ホッファーの「波止場日記」、コリン・ウィルソンの「アウトサイダー」、シモーヌ・ヴェイユの「工場日記」、鎌田慧の「自動車絶望工場」などは、疲労に打ちひしがれて帰る中央線内でなぜか無性に読みたくなる。

とはいえ、本当に疲れていると何も考えられなくなる。顔は無表情、体は無反応、心は無感情。今が多分そうで、重くしびれた頭の中で、同じ軌道の上を鉄球がゴロゴロと転がりつづけているような感じ。それか、インクの切れたボールペンにでもなったような気分。こういうときは大体同じようなことしか考えられず、同じようなことしか書けなくなる。それでもブログに書いた内容が、次なる自分の行動を推進してくれるような実感もまたあり、だから駄文でもいいから書いて、書くことで重力に抗ってみる。

by kan328328 | 2022-10-07 23:29 | 日常

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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