海苔

製造工程で余った味付け海苔の切れ端が、袋にパンパンに詰まって売ってたので、買いました。150円でした。
食べる手が止まりません。無意識のうちに海苔に手を伸ばしています。
最近は自炊も復活し、ようやくまともな食生活に戻り始めたと思ったのに、海苔で振り出しです。

僕には昔から、日記を書くという習慣がありません。
何気ない出来事や、その日ふと思った事なんかを、毎日さらさら綴ってる人とかいますが、あーゆうの羨ましいです。「日々を綴る」という生活サイクルが、いつまで経っても体に馴染みません。なので、自分が日記を書くときは、回想形式で書くのが一番性に合っている気がします。思い出とか。
思い出にも熟成期間ってのがあるので、自分の中でそれがじわじわ発酵し始めて来ないと、全く書く気が起こらないけど。
例え昨日の出来事に魅力を感じなくても、それを1年後とかにふと思い出したりすると、急にセピアをおびた思い出として、胸に迫ってくる事ってありますね。

まあ、今日は思い出は書かないけど。


日々、不穏で奇妙、不可解な「何か」が呼んでいます。その声に導かれるように歩くと、一定の流れから自然と逸れていきます。


赤い、赤い道がずーっと続いている。
ウォーキングシューズの内側まで真っ赤。
遠くですごい揺れ、真っ黒の糸杉がざわざわと揺れています。
ああ、不安……。
こんな妙にシリアスな場所歩くんなら、ふざけた物一個でも持ってた方が安心すると思って、フルーチェをタッパーに入れて持って来たが、今見ると笑えない。むしろこぼしそうで怖い。


うちの近所に、自分ちの壁に小さな文字でびっしり、他人の悪口を書いてる家があります。家の正面は全て悪口の落書きで埋め尽くされているのです。
その文字を読み進めていくと、最初は個人の誹謗中傷から始まり、徐々に使用言語に英語が混ざり始め、書いてる内容も規模がどんどん大きくなってきて、果ては宇宙との交信、何ちゃらパワーだか何ちゃらホースにこの世が満たされると書いてあります。その持論を説明するため、丁寧に計算式の様なメモまで貼られていて、なかなか読み応えあります。凄いです。

結局「世界」ってのは、各々の自己解釈だけで成り立っているんだなあ、と思いました。
この世に生を受けて、素直に「生きてるって素晴らしい!」って叫ぶには、世界はあまりにも複雑過ぎるし、常に他人の思想や価値観が介入して来て、結構面倒くさい。インテリに厭世家が多いのも当然な気がします。
それでも世界は面白いと信じて飛び込むか、もう嫌だ!って拒絶するかで、またガラリと「世界」は変わってくる。もしくは、もっと別次元の世界に意識をふっ飛ばすか。

昔テレビで、勤勉な公務員だったのに急に会社辞めて、ひげとかぼーぼーに伸ばして山の奥で縄文生活送り始めたおっさんのドキュメンタリーをやってたけど、ああいうの、凄いね。
なんか、鹿とか追ってた気がする。
年相応のバイタリティーってやつに、無理矢理逆らってる感じが、凄い。切実。
新宿のナンバーワンホストとかで、急に頭丸めて四国お遍路巡りに出ちゃった人とか、いないかなあ。いたら、会って話してみたいな。
人間として明らかに不自然なモチベーションで表現してる人って、死ぬ程かっこいいなあ。
シュバルとかディアマンダ・ギャラスとか。
逆切れや八つ当たりが動機でも良い。そういう人は、なんか知らんセクシーだ。

何か中学生日記みたくなってきたので、やめ。
画像は昔描いたアクリル画。
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by kan328328 | 2007-12-28 07:52 | 日常

美術作家・三宅感のブログです


by kan miyake
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